【短編小説】青い果実 / 前編

日本語

春の風がビル街を滑り抜け、満開の桜がひらひらと舞う。大学3年生の美月(みづき)は、その日は授業が早めに終わったので、駅前にある小さなカフェに立ち寄った。友人から噂に聞いていた店だ。カウンターに座り、メニューを開こうとしたその瞬間、突然手元に置かれたのは、青い色をした奇妙な果物が添えられたグラスだった。

「ご注文のサンプルです、どうぞ。」

店員がにっこり笑って渡してきたそれは、見たこともない鮮やかな青色をしていた。美月は不思議そうに果物を眺めたが、店員がじっとこちらを見ているので、思い切ってかじってみる。途端、口の中に冷たい甘みと少しの酸味が広がり、なぜか遠い記憶が呼び覚まされるような気がした。

翌日、美月はその果物のことが頭から離れなかった。授業中も、友人とランチをしているときも、ふと青い果実が脳裏に浮かぶ。あの一口で、何かが心に触れた感覚が忘れられない。

その夜、カフェのことを調べてみると、どうやら期間限定で「青果展」という企画をしているらしい。ただ、詳細は公式サイトに何も書かれておらず、カフェの外観だけが載っている。レビューには「ミステリアスな青い果物」についてのコメントがちらほらあったが、情報はほとんど見当たらなかった。

「この果物、一体何なんだろう…?」

そんな疑問が頭に渦巻くまま、彼女は深夜まで眠れずにいた。そして、決意したようにカフェにもう一度足を運ぶことにした。

再びカフェを訪れると、カウンターには別の店員が立っていた。その店員は、初めて見た美月にも笑顔でグラスを差し出してきた。またもや青い果物がグラスに添えられている。

「この果物…何ていうんですか?」

美月が尋ねると、店員は小さな声で「『真夜中の果実』と呼んでいます」と答えた。そして、じっと目を見つめて、「あなたの心に眠っている何かを映し出すものです」と、まるで謎かけのように続けた。

言葉の意味はよく分からなかったが、美月は再び果物を口にした。すると、今度は強烈な香りと共に、まるで記憶の海に沈むような感覚が押し寄せた。

気づけば、見知らぬ公園で過ごした子供時代の情景が目の前に浮かんでいる。確かにこの光景は覚えているが、なぜここにいるのか思い出せない。

その時、不意に誰かが彼女の名前を呼んだ。


後編 ▶


[ojisama]

タイトルとURLをコピーしました