【短編小説】雪の果樹園 / 前編

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冬の朝、果樹園は一面の銀世界に包まれていた。

足元の雪を踏みしめる音だけが静寂を破る。宮下梨花(りか)はフードを深く被りながら、ハウスの中へと向かっていた。外は凍てつくような寒さだったが、ハウスの中は少しだけ暖かい。中には、父が生前丹精込めて育てた果物たちが並んでいた。その中でも、一際目を引く鮮やかな朱色をした柿を手に取った。

「どうしてこんなに甘いんだろう……」
梨花は父がよく言っていた言葉を思い出した。
「冬の寒さを味方につけるんだ。果物は耐え抜いた分だけ甘くなるんだよ。」
父が亡くなって初めて迎える冬。梨花は果樹園を守るべきか、それとも見切りをつけて別の道を進むべきか迷っていた。都会での仕事の誘いもあり、正直なところ、ここでの生活に限界を感じていた。父が育てた果樹園も、彼の死後は手入れが行き届かなくなり、荒れ果てつつあった。

そんな時、隣町で商店を営む佐伯が突然訪ねてきた。彼は柿を手に取り、一口かじると目を見開いた。
「なんだこれ、すごく甘い……!梨花ちゃん、これを売らないなんてもったいないぞ。」
「売るっていっても、誰がこんな田舎の柿を買ってくれるんですか?」
梨花は思わず反論したが、佐伯は少し微笑みながら言った。
「田舎とか関係ない。この甘さは特別だ。これはただの柿じゃない、冬の奇跡だよ。」

佐伯の言葉に後押しされるように、梨花は家に戻り、父の遺したノートを取り出した。古びたノートにはびっしりと文字が書き込まれ、父の情熱がそのまま詰まっていた。その中で「冬柿の奇跡」というページを見つけた。それは、収穫を遅らせて雪に晒すことで甘みを極限まで引き出す特殊な育て方だった。
「これが父さんのやり方だったんだ……」

梨花は手帳を握りしめた。果樹園に立ち尽くし、降り積もる雪の中で満天の星を見上げる。
「私は、どうすればいいの……?」
答えはすぐには見つからない。それでも、遠くで流れ星が静かに光りながら落ちていくのを見て、彼女の胸には小さな希望の光が灯った。


後編 ▶


[ojisama]

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