
どうもKobayです!
今回はかんきつの話題です。日本で最も歴史を持つかんきつは、“柑橘”の“橘”の字でもある、“タチバナ”ですが、今回はそれに勝るとも劣らない長い歴史を持つかんきつである、“柚子”のお話です。
柚子の歴史
柚子の歴史ですが、西暦500年~700年(奈良・飛鳥時代)に中国(隋・唐)から伝わり、薬に用いるために栽培されていたそうです。現代では、その良い香りを活かして、料理の香りづけに使われたりしますね、私はシンプルに塩と昆布で味付けした手羽元の鍋に、柚子の皮を散らして、さらに柚子胡椒をつけて食べるのが好きです。昆布と鶏のだしと、さわやかな柚子の香りが食欲をそそります。
柚子と言えば、冬至にお風呂にいれたりますが、この習慣、それほど古くから始まったものでなく、江戸時代、しかも風呂屋のプロモーションで始まったそうです。そのキャッチフレーズが、“冬至”を“湯治”、“柚子”を“融通”と読み替えて、冬至にお風呂に入って柔軟な人間(融通の利く人間)になりましょう!!みたいなことだったそうです。
そんな柚子ですが、今回はこの柚子を使って作られる(こともある)柚餅子(ゆべし)について調べてみました。
柚餅子
柚餅子(ゆべし)とは、11世紀末(源平時代)頃に生まれたとされ、室町時代の古文書にもその記載があります。保存食で当時は飯のおかずや、酒の肴として用いられていたもので、柚子の中身をくりぬいて柚子釜を作ったのち、味噌やクルミなど入れ蓋をし、蒸ししたのち~半年ほど乾燥させて作られたものだそうです。
現代では柚餅子と言えば、おかずや酒肴というよりは、お菓子という印象が強く、実際に購入することのできる商品のほとんどが、お菓子としての柚餅子です。
お菓子としての柚餅子
お菓子としての柚餅子にもいろいろなタイプがあります。伝統的な、おかずや、酒肴としての柚餅子に近いものは、石川県の輪島で製造されている丸柚餅子(まるゆべし)があります。この丸柚餅子は加賀藩でその製法が保存されていたものだそうです。全国にある丸柚餅子は、輪島塗の行商人が各地に伝えたものだそうです。
各地に伝わった丸柚餅子は、その土地その土地でアレンジされて姿を変えていきました。特に、東北では、柚子の産地から遠く、柚子の代わりにクルミなどを使った餅菓子へと変化したそうです。
オリジナルレシピに近い?五百石柚餅子
和菓子としての柚餅子は、各地に色々なタイプのものがあるのですが、珍味としての柚餅子となると現代では数が少ないようで、今ではあまり選択肢がありません。
柚子の産地である南信州には、泰阜村(やすおかむら)や天龍村(てんりゅうむら)という自治体があるのですが、これらの自治体では、今でも、伝統的な柚餅子を生産しているそうです。
泰阜村の場所は長野県の南部です。
江戸時代、南信州のこれらの地域は、幕府直轄の天領であったそうで、米がとれないこの地域の人々は上質な木材(くれ木)を年貢として納めていたそうです。この際、年貢を完納したお祝いとして祭りを催し、その中で酒のつまみとして供されたものが、五百石柚餅子だそうです。長野県泰阜村には、柚餅子の生産組合があり、昭和50年代よりその加工と販売行っています。泰阜村柚餅子生産組合の情報は以下で確認できます。<おいしい信州ふーどねっと>
興味のある方は、通販でも取り扱っているところが幾つかあるので、ぜひトライしてみてください。

〈参考サイト アクセス日2023/01/23〉
Wikipedia-ユズ
地方卸売市場 三島青果(株)-ゆず
Wikipedia-ゆべし
しあわせ信州 長野県魅力発信ブログ-南信州の保存食「柚餅子」づくりが始まりました!
しあわせ信州 長野県魅力発信ブログ-柚餅子(ゆべし)をいただきま~す
南信州新聞-泰阜村で柚餅子の加工作業が最盛期
泰阜村HP-柚餅子・柿巻
泰阜村HP-五百石柚餅子
龍江ホームページ-陣屋跡
INAKAONLINE-柚餅子(ゆべし)とは
柚餅子総本家 中浦屋-丸柚餅子の歴史
