【短編小説】果物と猫と愛 / 前編

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秋が深まる頃、田舎の小さな果樹園を営む若い男性、拓也がひとり暮らしをしていた。

両親から引き継いだこの土地で、彼は無農薬の果物を育てていた。果樹園にはさまざまな果実が実り、柿、梨、ぶどうなどが太陽の光を浴びて輝いている。拓也はこれらの果物に愛情を注ぎ、収穫の季節には農協に出荷するのが毎年の仕事だった。

ある日の夕方、彼が梨の木の剪定を終え、家に戻ろうとしたとき、足元でかすかな鳴き声がした。見下ろすと、毛並みの良い小さな黒猫がそこにいた。その瞳はまるで森の奥から見ているかのような深い緑色をしていた。黒猫は拓也をじっと見つめ、そのまま彼の足に擦り寄ってきた。

拓也は家に戻り、黒猫にミルクを与えたが、その猫は彼の手から直接飲むことはせず、慎重に周囲を見回してから、ようやく小さな舌を伸ばした。「お前、名前はどうしようか?」拓也はしばし考え、「カナエ」と名付けた。名前を呼ぶと、カナエは小さな尻尾を軽く振り、再びその深い瞳で拓也を見つめた。

カナエが現れてからというもの、果樹園には不思議なことが起こり始めた。果物がさらに甘くなるような気がしたのだ。収穫期には、常連の客たちが「今年の果物は格別に美味しいね」と口々に褒めるようになった。拓也はカナエの存在が果樹園に良い運気をもたらしているのではないかと思うようになった。

だが、彼が本当に驚いたのは、カナエが突然、ある女性を連れてきたことだった。カナエのあとをついて果樹園に現れたのは、透き通るような白い肌を持つ、どこか不思議な雰囲気の女性、菜央だった。拓也が驚いて声をかけると、菜央はふわりと笑って、「カナエに誘われて来ました」と言った。

二人は果樹園で話し始め、時間を忘れて語り合った。果物に込める思いや、自然の美しさ、静かな田舎の生活の魅力。それまで拓也は一人で抱えていた想いを、菜央に打ち明けられることが不思議なほど自然に感じた。彼女もまた都会での生活に疲れており、この果樹園でのひとときに癒やしを感じているようだった。

そんなふうにして、拓也の生活は少しずつ彩りを増していった。しかし、カナエは果樹園に菜央を連れてきた日から、ふと姿を消してしまったのだ。


後編 ▶


[ojisama]

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