
透子(とうこ)は、結婚10年目を迎える直前に、一つの決断をしていた。これまで一度も手を出さなかった「ドライフルーツ」を自分で作ってみることにしたのだ。
果物に特にこだわりがあったわけではないが、いつもと違うことを始めたくなった。平日の昼下がり、彼女はスーパーで完熟の苺、マンゴー、パイナップルなどを手に取り、慣れない手つきで袋に詰めていた。赤や黄色の果物をカゴに入れると、どこか心が満たされる感覚があった。
夫の透一(といち)は最近忙しく、家にいる時間が減っていた。毎日仕事に追われ、週末も会社からの連絡が絶えない。かつては、二人で「果物デート」と称して季節のフルーツ狩りを楽しんだこともあったが、今ではその思い出もぼんやりと遠のき、夫婦の会話も最低限のものになっていた。結婚10年目を前にして、透子は心の中に小さな不安を抱き始めていた。
自宅に帰り、透子はさっそく果物を薄切りにして乾燥機に入れた。じっくりと水分が抜け、鮮やかな色合いが落ち着いていくのを見つめる時間は、心を静める特別なものだった。乾燥機の音と果物の香りが漂う中、透子はふと、夫と過ごした様々な日々を思い出していた。あの時の笑顔、抱きしめた感触。いつからか、彼との距離が少しずつ開いてしまったような気がしていた。
ドライフルーツが完成した頃、透一が久しぶりに早く帰宅した。リビングに漂う甘い香りに気づいた彼は、テーブルに並ぶカラフルな果実を見つめ、「これ、どうしたの?」と問いかけた。透子は少し照れくさそうに、「自分で作ってみたの」と笑顔で応えた。
透一は少し驚いたように、一粒を口に運んだ。甘酸っぱい苺のドライフルーツが口の中で広がり、昔二人で出かけた苺狩りのことを思い出す。透子が一生懸命に苺を集め、笑いながら「これ全部食べるの?」と聞いた光景が蘇ってきた。
その夜、二人は久しぶりに遅くまで語り合った。透一は透子に仕事の話や悩みを打ち明け、透子は日々感じていた孤独を少しずつ話し始めた。果物に触れるように、互いの気持ちをそっとつかみ取るような時間だった。
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